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ドイツ薬局便り-41

ドイツ薬局便り
41
著者
アッセンハイマー慶子

チャオ、ベッラ! チャオ、ベッロ?

2022/04/25

ドイツの人口は約8300万人、この数字には多くの外国人住居者も含まれています。第2次大戦後、経済復興に伴い労働力が足りなくなり、1950年代には南欧やトルコから、1990年代には旧東欧から内戦を逃れ、多くの人が働き手としてドイツへ入ってきました。薬局の顧客にも、ドイツ人だけでなく外国籍の方がいます。

イタリア人のディ・カプリソーネ(仮称)さんは、とても陽気です。動ける限りは仕事をしたい、地域の人々とのコンタクトも保っておきたいと、定年を過ぎても内装会社の経営を続けています。この方が当薬局へいらっしゃると、店内はとても賑やかになります。いつだったか偶然、スタッフ全員が3台あるレジの後ろに並んでいました。入ってくるなり、「いやいやいや、若くて・お綺麗どころが、ずらっーと勢ぞろいで、お出迎えしてくださるとは。感激至極ですな!」と大きな声。ここで興味深いのがスタッフの反応です。ドイツ人スタッフは、眉をひそめています。アジア系スタッフは、目を大きくして呆れています。南欧系スタッフは、苦笑いしたり、「くっくっくっ」と笑いをこらえたりしています。「その〔若い〕と〔お綺麗〕のカテゴリーに、私も入れてもらえるのですか?」と、尋ねたら、「店長は、どちらにも真っ先に入りますっ!」と、見え見えの大嘘。ドイツ人スタッフの眉間の皴は、ますます深くなります。「あーら。うちは薬局ですので、お世辞をおっしゃっても何も出ませんよ。」「えーッ、いつも付けてくださるフェイス・クリーム試供品の数が、少しは増えるかと期待しているのですが…」「まだ在庫があったかしら?」「ないと困ります!」...顧客・店長漫才は、だんだんお行儀の悪い会話になってしまいます。「店長、悪ノリしないでください!」と、後でドイツ人スタッフに言われました。

ドイツ人男性は、女性に対してあまりお世辞を言いません。言うと、かえって誤解されたり、セクハラだの、気持ち悪いだのと倦厭されたりします。女性に特別親切でもありません。両手に荷物を持って電車や建物のドアの前にいても、ドアを開けてもらったことは、ほとんどありません。同じドイツ語圏でもオーストリアへ行くと、ちょっと様子が違います。見ず知らずの男性が、さっと追い越してきて、ドアを開けてくれることがあります。この違いは何なのでしょう。

ディ・カプリソーネさんに応対しているとき、薬局内に他のお客様がいらっしゃると、やはり反応は様々です。「まあ、クラウディオったら、また調子に乗って…」と彼の知人で笑う人もいれば、大げさなジェスチャーや大きな声に驚いたり、首を振ったりするお客様もいます。

出口では、こちらに背中を見せたまま、片手を上げて「チャオ、ベッラ!(バイバイ、美しい人!)」と言ってお帰りです。イタリア人PTAのレティチアさんに、男性が女性に「さようなら」の挨拶するときは、誰にでも「チャオ、ベッラなの?」と訊いたら、「はい!」との答え。「ベッラでなくても?」「そうです。」イタリアでは、女性をほめるのが礼儀だそうです。

1度、ディ・カプリソーネさんの「チャオ、ベッラ!」に呼応して「チャオ、ベッロ!」と言ったら、笑ってくださるかと思ったのに反応がありませんでした。後でレティチアさんに聞いたら、男性にはチャオだけでベッロは付けないと言われました。「あら、私、本当に悪ノリしてしまったわね。」「店長、文法的には正しいですよ。男性だからベッラではなくて、語尾がOになってベッロです。」と言ってくれました。

半年間だけイタリア語をかじったことがあります。大学院生時代のことです。同期のドイツ人院生は、英語だけでなく、学校によってはラテン語も必修で、フランス語は第2外国語として、スペイン語やイタリア語をサマーコースなどで習っていていました。「どうしてケイコは、学校で英語しか習わなかったの?」と、よく訊かれました。古文・漢文も日本人にとっては、ほとんど外国語。日本語とは全く違う言語の英語を習うだけでも大変なのに、どうしてラテン語もフランス語もイタリア語も追加で習えるのでしょう?頭の中が、こんがらがってしまいます。それでも、気分転換に1度、イタリア語に挑戦したのですが、半年でギブ・アップしてしまいました。原形をとどめない動詞の活用形についていけませんでした。英語の動詞の不規則活用どころではありません。

現在は、ネット語学コースがあって、好きな言語を自分のペースで、いつでもどこでも習えるようになっています。辞書がなくても、知りたい単語を知りたい言語ですぐに変換できます。本当に便利になりました。

ウクライナ情勢が悪化し、人口約4万人の当市にも100人を超える避難民が到着しています。ウクライナ語に近いと言われるロシア語は話せても、ドイツ語や英語を使える人は少なく、双方、翻訳アプリを使ってお互いに携帯電話を見せながら会話をしています。こんにちは、ありがとう、といった挨拶をウクライナ語ですると、とても喜んでくださいます。