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一燈照隅-05

一燈照隅
05
著者
ランタン次郎

● 一燈照隅-05

9月「船長の仕事」

2022.09.02


 
一日の最高気温が25℃以上の日を夏日、30℃以上の日を真夏日と呼び、今年の夏は35℃を超える猛暑日が16日間と年間の最多記録を更新しているが、行動規制のない夏休みを皆さんはどう過しただろうか。
 
小生は東京湾に出る機会があった。海は広いな大きいな、日差しは強いが海原を進む時の風はさすがに心地よい。この広々とした海だから乗船している人は開放感で大満足だが、船長はそうはいかない。その日の風向きや風速、目的地までの距離や海域の情報、そして船の性能から乗船者のことまで、車の運転手以上に事前の準備から帰港まで注意は怠れない〟それらのいずれかでも不適な事があればどんなにブーイングがあろうとも出航すらしない判断をしなければならない。今年春に起きた北の海難事故は船を操縦する者からすれば信じられないことなのだ。しかしあの事故以来やはり日本中の船舶運行の監査が厳しくなっているらしい。これまではそこのところよろしくね、と操縦経験のない監査員が船長を信じて許可をしていたことも少なくなかったらしい。青海原を相手にする時、人の命を守るために当り前の事を馬鹿みたいにちゃんとする、そして変化する状況に対しては正しい判断に基づき行動することが船の責任者たる船長の役目だ。
 
 さてそんなかつては海図と六分岐と星で旅したロマンの溢れる海の世界にも、現代では船に搭載した複数のカメラや各種センサーが集めた周囲の情報を、人工知能(AI)が把握し、そのデータを人工衛星や携帯電話回線で送り、陸上の支援センターが遠隔で監視、操縦する仕組が実証実験される時代に入ってきた。…文字にするのも大変なことだが。
陸上では乗用車から鉄道までも自動運転の実用化がさらに近づいていると言う。中国北京市郊外では無人タクシーの実用化がすでに始まっているが、東京でもバスの無人化プロジェクトが進んでいるし、他にも長距離トラックのタンデム運転や耕作地の自動運転農機なども研究されている。
 
これら船や鉄道、自動車の自動運転が急がれているのは少子高齢化による人手不足が背景にあるのは言うまでもない。すでに人材の確保や技術の伝授は容易ではなくなってきている。AIの発達に伴い経済的にも安全性にも優れた仕組みを作ることは喫緊の課題だ。
しかし視点を間違えてはいけない。AIによる人手不足の解消も、その対極に人でなければ解決出来ない仕事がたくさん生まれているからに他ならない。楽をするためでも、利益を貪るためでもない。
 
「日本薬剤師会政策提言2022」の中で医療デジタルを基盤とした薬局業務の高度化についてその内容に言及している。日本の医療の中にデジタル化を普及推進することは必要不可欠である。しかし人は予め決められた人生を生きることはない。AIでも予測出来ないことの方が多いかもしれない。任せ切れるものでは絶対ないことを忘れてはならない。
 
高価な電子機器を備えた船でもベテラン船長は海面の波を見て数分先の風を読みながら操縦すると言う。どの仕事にも人間の可能性の中にゼロと1以外の知恵を必要としている領域が必ずある。キャプテン・ジャック・スパロウはいつまでもそのコンパスを手放さない。
 
「日本薬剤師会政策提言2022」
https://www.nichiyaku.or.jp/assets/pdf/seisakuteigen2022.pdf